
この記事では、大学院で研究経験のある方なら、知っているべき「事例研究(ケーススタディ)」のやり方について、解説しています。なぜ、これを記事にしようと思ったのかというと、2つあり、1つ目は世間に対する視野を広く持てること(批判的思考力とも言える)、2つ目は若い人になるほど、事例研究が苦手で知らなかったで損をしている方が多いような直感があることからです。
筆者は、大学院で事例研究のやり方を習ったことで、「自分で調べて、自分で考える」ことが出来るようになり、楽しいものだなと感じるようになりました。世の中って意外と単純なのかなと感じることもあります。世間で広がっている傾向や考えを批判的に捉えることもできるようになりました。
皆さんも、ネット上に蔓延るうさんくさい情報に騙されないようにするためにも、本記事で「事例研究」の要領をマスターしていってください。この記事ではニュースで流れる情報がどうなっているの?という疑問を晴らす方法が解説されています。
筆者の研究面としての経歴
筆者の経歴は以下のような感じです。
- 専門職大学院で「公共政策」を専攻
- 卒業後も、趣味で論文執筆をしている
博士課程は出ていないため、この記事で紹介することは、そこまで専門的な事例研究ではありません。その分、初心者の人でも真似しやすいかと思います。事例研究は複雑なことはしていません。
また、専攻のこともあり、公共政策学寄りの事例研究のやり方について解説していることになっていると思われます。
事例研究とは
まずは、「事例研究」が何なのかということからですが、東京外国語大学の資料によると以下の通りです。こちらの資料が簡単にまとまっていたため、引用させていただきました。
- 事例の数:分析対象とする事例の数が少ない。
- 記述の方法:定性的に記述される。
- 分析手法:過程追跡に適した文献調査やインタビュー、フィールドワークなどにより検証が行われる。*1
「定性的」とは「少数の事例を詳細に叙述しながら検討する分析手法」*2であり、対義語として、「多くの事例を収集し、統計的分析を加える分析手法」*3である「定量的」があります。
「過程追跡」とは「研究者が政治過程を(事後的に)追跡し、説明したい現象の原因を浮かび上がらせること」*4です。
筆者の場合、1つの事例から研究を始め、広げても2~3くらいの事例を対象にしています。大量の事例を深く調べることは基本的にはないです。多くて、以下の記事で扱った7つの大学事例ですね。数が増えると時間が掛かることが難点です。
また、分析手法として、「文献調査やインタビュー、フィールドワークなど」とありますが、筆者は文献調査が事例研究の根幹を占めていると考えています。それくらい、資料を入念に読むことは大事です。
事例研究の種類
そして、事例研究の種類として2つあります。

表1は孫引きになってしまいますが、解説するだけなので、出典は見ていないです。
「比較事例研究」の方が導ける考察も増え、研究に深みが増しますが、まずは、「単一事例研究」が要領の練習になると思います。それと単一事例研究でネット上の切り抜きが正しいのかどうかを暴けるようになります。日常的な使用頻度は多いため、まずは、単一からデビューしていただきたいです。比較するのはその後で良いです。
事例研究の長所
3つ目に、事例研究の長所は以下の通りです。

①は現場で起きていることを知るという面があることから、概念の精緻化で評価しやすくなることを言っていると考えられます。②、③、④も現場を知ることによるものだと言えますね。
「同一結果帰着性」とは、「異なる複数の要因の組み合わせが同一の結果を引き起こすこと」*7、「経路依存」とは「過去の1つの選択が、慣性のため、変化しにくい現象」*8のことです。
事例研究の良さは、文献調査だけでも、現場で起きていることが概ね分かることです。文献調査は特に入念に行ってほしいです。それを完璧に仕上げると、一旦、仮の結論が手に入ります。筆者の場合、その後、より詳しく現場を知るために、インタビュー等の実地調査をしに行くのですが、もし、良い話を聞くことが出来なくても、文献調査から得られた結論が正しかったという失敗をカバーする面が文献調査にあります。そういう意味で筆者としては、事例研究=文献調査だと考えています。若い人は活字を読みたがらない傾向にあると思いますが、めんどくさがると間違った結論を導いてしまいます。
事例研究の短所
最後に事例研究の短所は以下の通りです。
- 「選択バイアス」…ある特殊な結果が起こった事例ばかりを意図的に、もしくは無意識的に選んでしまう。
- 因果関係の確定について、暫定的な結論しか出せない。
- ある種類の事例をより詳細に説明しようとすると、他のタイプの事例を説明する能力は低下してしまう。
- 研究者が選んだ複数の事例が相互に独立していないことに気づかずに、結果的に誤った結論を導くおそれがある。*9
1つ目の選択バイアスは、1つの事例を調べることから事例研究は始まるため、都合の良い話を切り取って、視野の狭い結論になってしまうことを言っているのではないかと考えられます。ただ、批判するつもりで調べれば、バイアスは起きにくいのではないかと思います。
2つ目は、当たり前ですね。事例研究は研究の初歩段階であるため、世紀の大発見と言えるような結論は手に入りにくいです。次の検討課題が見つかります。
3つ目は、事例の比較でも良く起きます。事例研究の発端となる事例を一番よく調べる傾向があるため、比較対象の事例は調べる量がなおざりになってしまいがちではあります。
4つ目は、予防策として人前で発表して、指摘してもらう事です。
このように短所はありますが、だからといって、事例研究(特に文献調査)は適当にやってはいけません。そのまま初心をKEEP ON!です。
事例研究の手順
ここからは実践に向けて、筆者が行っている事例研究の大まかな流れを紹介します。以下のようになります。
- 事例を探す(国の政策だと研究しやすい)
- その事例の出典をネットから探す(大体、官公庁のサイト)
- 現状と問題点を整理←ここまで行くことに時間がかかる
- 先行研究などから似ている事例を見つけ、比較する
- 最初の事例で起きている問題に対する解決策を提案←政策提言になる
- 現地調査やインタビュー等で結論が正しいか照合しに行く
最初は研究テーマになる事例を探さなければ、事例研究はできません。私としては、ニュース等で国の政策を見つけた方が事例研究はしやすいのでは考えております。国の政策を取り上げることで、県の政策→市町村の政策と抽象度が高いものから具体度が高いものへと縦に深堀し、一貫した事例研究がしやすくなります。いわゆるコスパの良い事例研究ができます。文章量も稼ぎやすいです。また、国の政策から調べると時間がかかることは嫌なことですね。一方、SNS上で切り抜かれたニュースが本当なのかを調べることは時間はかかりませんので、初めての方はこのやり方から事例研究を体験してみても良いと思います。ただ、ソースが全く出てこない陰謀論みたいなものもあるため、そこに関しては調べにくいところがあります。それって人の思い込みじゃないかみたいな事案です。
2つ目の段階は、その事例の発端となる出典を探しに行きます。公共政策学の事例だと、大体は、官公庁や公的機関のサイトから資料等のPDFファイルが出てきます。官公庁の資料は事実だけが書かれているため、引用に適しています。一方、民間団体・企業等の資料は読んでも良いですが、論文に引用はしないようにしています(その事例が民間発なら別ですが)。筆者の場合、検索したら出てきた資料を全て、個人のフォルダに保存してから、丁寧に読んでます。なるべく、読んで大事そうなところには赤線を引いています。初めての時は無限に資料が出てきて気持ち悪くなると思いますが、無理はせず、休みながら、資料集めを完璧にやってほしいです。
3つ目の段階は、対象となる事例に関する資料を全部読み上げて分かってきたことを論文としてまとめに行きます。資料を読むだけで、現状と課題(問題点も)が分かってくるので、意外と論文になります。その分、その事例を知るために、多くの文献を読むことになるため、一番時間のかかる作業となります。なお、筆者の場合は事例の「歴史」も詳しく記述します。自治体といった地域が関係する場合は、「地理」や「人口」、「産業」、「財政状況」等もです。現場を知るためには、基本的だと感じやすいこれらは必須になります。
4つ目の段階では、事例の問題点が分かったことから、他の研究者が同じようなことを調べていないか把握するために、「CiNii」で先行研究を調べに行きます。この時点で分かっているキーワードで検索をすると、そこまで数の多くない文献がヒットします。研究テーマに直結するものだと感じた論文を全部集めに行き、丁寧に読み込みます。先行研究でどこまで調べられているのか、分かっていないところはどこなのかを把握していただきたいです。そこが、自分の論文で明らかにしたい結論となります。また、先行事例は官公庁の事例まとめ資料から出てくることもあります。出てきたら、その事例をさらに検索して調べにいく根気強さが必要になります。
それに続き5つ目の段階として、先行研究には参考となる解決策もあるため、それを組み合わせたり、批判したり、または全く別の形にしたりだったりで、論文の結論を固めます。これは行政がやるべき政策提言になりがちです。この解決策は広義のインフラになりやすいです。広義のインフラとは何なのかということですが、まず狭義のインフラとは、weblio辞書の実用日本語表現辞典から引用しますが、「公共施設や道路、ガス、水道など生活に欠かせない基盤」を指します*10。いわゆる目に見える構造物です。一方、広義のインフラとは、構造物といったハード面と「制度や基準、運用方法、ノウハウ、人材育成など」のソフト面も含めたものです*11。同時に、次はどういうことを調べるべきかという課題も見つかります。そのため、得られた結論は暫定的です。
ここまで来れば、論文として完成させても良いですが、完璧を突き詰めたい方は、6段階目として、実地調査(インタビューやアンケート等)をします。特に、インタビューは対面する難易度はあると思いますが、第3者視点が手に入るため、出来ればやってほしいです。文献調査からはできないオリジナルな結論も手に入ります。テーマによっては、統計で裏付けすることもできるでしょう。余裕がある人だけやってみてください。
実際に事例研究をしてみる
ここから実践です。この記事でやってみたいことは、ニュースで見聞きすることは裏で何が起きているのかということを調査することです。事例研究の根本を占める下調べにあたる文献調査を簡単にやってみます。
事例の探し先:テレ東BIZ(YouTube)
事例の見つけ先はニュースコンテンツであれば何でもよいですが、YouTubeチャンネルの「ANNnewsCH」にしました。
見つけた事例:“北部経済の起爆剤”ジャングリア沖縄が開業 素通り観光脱却へ【グッド!いちおし】【グッド!モーニング】(2025年7月27日)
ニュース動画のURL:- YouTube
概要:沖縄県名護市と今帰仁村に「ジャングリア沖縄」が開業した。広さは東京ドーム約13個分あり、アトラクションの数は22個、オープンにあたり1500人を雇用した。この事業の背景に、沖縄県は所得が低い、有効求人倍率も全国平均未満、子どもの相対的貧困率は高い等の社会問題がある。この解決策としての狙いは安定した観光収入だった。北部には「美ら海水族館」や「古宇利島」があるが、今帰仁村は滞留しない観光がメインで観光客は那覇市で宿泊してしまう。そこで、ジャングリア沖縄によって周辺のホテルに落とす消費額を増やしていこうという作戦である。
筆者は地域に関する研究に慣れているため、執筆時点(2025年7月27日)で話題になっていたこのニュースで事例研究してみることにしました。動画を見て感じたことは、①沖縄北部はどういう地域なのか、②観光施設を作れば経済効果があるのか、ということです。この2点について調べてみます。
調べた出典から分かった事
沖縄北部は12市町村(名護市、国頭村、大宜味村、東村、今帰仁村、本部町、恩納村、宜野座村、金武町、伊江村、伊平屋村、伊是名村)で構成されている*12。人口は128,987人(2024年6月)で名護市が最大の 64,871人(2025年6月)となっている*13。なお、沖縄県の人口は1,465,183人(2025年6月推計)である*14。北部に占める割合は約8%である。
グーグルマップで確認したところ南部には、空港があり、モノレールも整備されているのに対し、北部は道路しかない。ジャングリア沖縄へのアクセスは車かバス(ジャングリアエクスプレス)*15となっている。
そして、ジャングリア沖縄について、まず運営会社は「株式会社ジャパンエンターテイメント」であり、名護市に本社がある*16。近辺のホテルは4つあり、すぐ近くにあるわけではない。①オリエンタルホテル沖縄リゾート&スパ、②オリオンホテル モトブ リゾート&スパ、③カヌチャリゾート、④ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄である*17が、どれもバスで移動することになる。
下調べはここまでにして、研究であるため考察をさせていただきます。YouTube等のメディアを通して、大々的に宣伝しており、人を集めたい姿勢が読み取れます。しかし、テーマパークまでのアクセスは道路移動のみ、周辺の宿泊施設もバス移動が必須であるため、アクセス面に問題があると考えられます。モノレールの延伸等で、車を主有していない観光客の移動をバス以外で交通サービスの提供があると誘客がもっと容易になると思いました。正直に言うと、消費額がそこまで増えるかな?という懸念を感じました。そして、さらなる検討課題は、その他の観光施設と比べて、売上は順調になるのか、来場者数の推移について、調べてみる必要があるでしょう。そこから、全国の有名な観光施設との比較分析もできると思います。
ニュースで見たことから、事例研究に発展させていくとこのようになります。文献調査だけの単一事例研究になりました。今回の事例はジャングリア沖縄の事業について、行政資料が出てこなかったのは予想外でした。①事例の概要から→②沖縄県の地理と人口について→③テーマパークのアクセス面について→④本事業の課題を提案、という内容になりましたが、簡単な事例研究だとこのようになります。これでメディアが良い部分だけを報道しているという見方ができるかと思います。論文にするならば、さらに、現地でアクセス面の検証、アトラクションの内容まで調べる必要があります。ここまでやれば、大学院生らしい研究になるでしょう。
まとめ
今回は、周りに流されない、騙されないための調べ方として、事例研究を紹介しました。とにかく活字を読んで、現場の情報を集めていくことが、下調べであり、研究で失敗しないコツが事例研究の中でも文献調査にあります。やってることは単純であり、家でもできることですので、めんどくさがらないことが自分の考えを持つ上でも大事です。現地調査やインタビューの方が時間も金をかかるため、よりめんどくさいです。
また、人によっては意識改革が大事だと言う人もいますが、それは事例研究が足りていないことで問題の本質が見えていないだけだと思います。
ここまで閲覧いただきありがとうございました。
*1:東京外国語大学「方法論シリーズ『政治学から見る事例研究』」
*2:同上
*3:同上
*4:同上
*5:同上
*6:同上
*7:同上
*8:同上
*9:同上
*10:weblio辞書「インフラの意味・解説」https://www.weblio.jp/content/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%A9
、閲覧日2025年8月9日
*11:同上
*12:イチダースネット「北部12市町村」
https://www.yanbaru-oki.jp/introduction/introduction_cities/#higashi、閲覧日2025年7月27日
https://www.pref.okinawa.lg.jp/toukeika/estimates/2025/pop202506.pdf、閲覧日2025年7月27日
https://www.pref.okinawa.lg.jp/toukeika/estimates/estimates_suikei.html、閲覧日2025年7月27日
*15:ジャングリア沖縄「交通アクセス」
https://junglia.jp/access、閲覧日2025年7月27日
*16:Japan Entertainment、https://www.japan-entertainment.co.jp/、閲覧日2025年7月27日
*17:ジャングリア沖縄「JUNGLIAオフィシャルホテルズ」
https://junglia.jp/hotels、閲覧日2025年7月27日